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2005年 02月 01日
今日は消化器系内科の往診のため、再び病院に戻ることになっていた。
朝起きると少し雪が積もっていて、妻から「寒いから着込んで行って」といわれて、ズボン2枚、上着4枚と防寒ばっちりで8時半の電車に飛び乗る。病院には10時前に着くも、駅から病院までの道のりが遠くて、少しめまいがした。全然体力がない。 病室に戻るとドナリーさんが退院前の外泊で不在。同じ部屋には実はもう一人、私と同じ病気の『疑い』のある50歳のラグビーさんがいる。この方は睾丸の摘出手術をしたものの、肥大した物体(重さ2キロ!)が脂肪ということで病理検査にかなり時間がかかっているようで、早く帰りたいと延々愚痴をこぼされていた。 小一時間ほど話をしつつ、ナースマンがきたので採血。ついでに気になったので1月24日付の腫瘍マーカーを聞いてみたら「主治医じゃないと教えられない」と冷たく言われる。その後廊下でチリちゃんに会って、もう一度腫瘍マーカーを教えてほしいといったら、先生に確認してくれて、データを持ってきてくれた。 今回は1.5(正常値0.1以下)に下がっていた!チリちゃんも手をたたいて喜んでくれた。「つらい治療の甲斐がありましたね。」早速妻に報告。妻も喜んでいる。あともう少し。がんばろうという気になった。 今日のメインは消化器系内科の受診。昼をすぎても呼ばれない。おなか空いたけど、外にでるのは寒すぎる。 っということで、前々から気になっていた、学生食堂(生協)に行ってみることにした。病院の売店の扉を抜けてすぐのところにあるので、点滴に繋がれてなかったら、いつでもいける。行くと、セルフ方式の飯屋の状態。めちゃくちゃメニューも豊富で、量も多く、さらに安い! 館内は白衣95%、ブランド服3%、おっちゃん、おばちゃん2%の内容。おそらく入院患者は私だけだろうと悦にさっそく、チキンカツ、サラダ、春巻き、ご飯(中)、味噌汁をチョイスしてちょうど500円!!味もうまいです。しかも自動販売機は通常の10円引き。学生の特権のおすそ分けを頂きつつ、満腹で病室に戻る。 戻ると受診が往診に変わっていて、いつになるか分からない状況で不貞寝。よだれをたらしまくって寝ていたら消化器系内科の先生が目の前に立っていた。 結局、触診してもらったものの、腸炎は免疫低下で細菌による炎症という結論で、手洗いうがいを促され終了。あと抗がん剤が入ると便秘になると訴えたら、整腸剤を出してくれるようなことを言っていた。 さあ、帰ろうかと思い、外泊届けがほしいとナースマンに言ったら、「先生がカンファレンスに入って、夕方4時以降じゃないと無理」と軽く言われる。カチンときて、それでも確認ぐらいしてくれよと思いつつ、ほないいですわと諦める。しばらくしたら、なんとか用紙だけもって来てくれたので、記入して提出しようとナースセンターにいったら、ゴッドハンド先生がいた。先生は私を見つけて「またマーカー下がってたので、やっぱり来週から(抗がん剤の投与を)やる」といい、私は「次回で陰性化しますかね?」と聞いたら、「それは無理ですわ。」と思いもよらないコメントが帰ってきて、一瞬ひるむ。「いままでの経験からして、今からが下がりにくい、0.5から、0.4とかぐらいしか下がらん。そこから6回(も超大量を)した人もいる」とこっちの心情は全く無視。でもあと3回分しか幹細胞ないですよねと聞いたら「実質7回分あるから十分ですわ」と、こっちの上機嫌を完全に破壊される。ナースセンターの看護士さんらは、こっちのやりとりをじっと見守りながら、静かに聞いている。どう思うよ。ほんまに治るんかいや? それから気分はブラックになりつつ自宅に戻る。一応妻にもそのことを言う。妻もブラックになる。どうしてくれんのさ。 それでも今日は、親父が最近お気に入りの店で、晩御飯をご馳走してくれるということで気分を一新。 しかし当の本人が遅刻してきたので、なんかダラダラモードに。さらに途中妻が体調を崩し心配に。子供の嘔吐系の風邪がうつったようだ。おいおい。 家に帰って風呂入って、妻は「せっかく帰ってきたのにごめんな。」と言って早めの就寝。母に「(私が)家に帰ってきたら緊張の糸が緩むから、しょうないよ。」と慰められていたが、私は帰らないほうがいいんじゃないか?と本気で悩む。
by seisoushuyou
| 2005-02-01 15:43
| 闘病記
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